2016年4月、赤城乳業は看板アイス「ガリガリ君」を60円から70円に値上げした——価格設定から25年後、税抜きでは初の値上げだった。発表は全面的な謝罪キャンペーンとともに行われた。フォークシンガー高田渡の「値上げ」(歌詞に「値上げはとてもできない」を含む)にのせて、社長と社員が一斉に頭を下げるテレビCMである。そのユーモアが謝罪広告を話題にし、海外メディアも取り上げた。

ためらいには深い根があった。1979年、オイルショック後、赤城乳業は当時の主力商品「赤城しぐれ」を30円から50円に値上げして売上が急落し、会社が倒産しかけた——「値上げは最後の手段」という教訓が残った。1981年、小学生が気軽に買えるというコンセプトで発売されたガリガリ君は、100円未満というインパクトで地位を築いた。赤城乳業は、2010年に建設した約100億円の量産工場を含むコスト改善を重ねることで、1991年の消費税調整を除いて、60円を四半世紀にわたり維持した。

2014年と2015年には、その吸収戦略が限界に達し、会社はほとんど利益を出せなくなっていた。経営陣は10円の値上げを2年以上にわたり議論した——「これほど時間をかける会社は他にない」とマーケティング責任者の萩原史郎氏は述べ、値上げは利益率がほぼなくなるまで持ちこたえた末の最後の手段だと説明した——そして、謝罪広告で値上げを公に自ら受け止めることを中心に、コミュニケーション戦略全体を組み立てた。

賭けは功を奏した。遊び心のある謝罪は顧客離れを防ぎ、値上げ後、売上は10%伸びた。70円でも、ガリガリ君はコンビニの冷凍ケースの中で他より際立って安いままだった。

顧客離れは起きなかった。値上げ後、売上は10%伸び、70円のガリガリ君はコンビニの冷凍庫で圧倒的な低価格の選択肢であり続けた。

それ自体がブランドの約束である価格凍結を破る全経過を記録している。1979年のトラウマ、25年間の維持、そして10円をめぐる2年間の社内議論である。

結果は出典で数値化されている——値上げ後、売上は10%増で、顧客離れを防いだのは謝罪広告の功績とされている。

価格設定をコミュニケーションとして示している。同じ10円が、頭を下げる社員とフォークソングとともに発表されることで、不満ではなくバイラルな出来事になった。

同社のコスト吸収の実績(100億円の工場、ラインの専用化)は、価格に触れる前にどこまで持ちこたえたかを示している。

価格凍結がブランドであるとき、その破綻を隠さず、値上げを自嘲的な謝罪として演出すれば、値上げ自体が評判の損害ではなく無償のリーチになる。

日経ビジネスの2021年12月の記事時点で、ガリガリ君の1981年発売以来の累計値上げ幅は40年間でわずか20円であり、70円の水準はコンビニの競合と並んで依然として圧倒的な低価格の選択肢だった。赤城乳業は子ども向けの安さというコンセプトに取り組み続ける一方、日経が低価格戦略を難しくすると警告したコスト・円・エネルギーの同じ圧力に直面していた。

出典をたどる

出典

  1. 「ガリガリ君」安さへの執念 10円値上げ、議論に2年 日本経済新聞 (Nikkei) · nikkei.com ·