1980年代半ばまでに、ダナハーのジェイコブス・ビークル・システムズ部門(ジェイク・ブレーキとして知られる)は、名目上は黒字でありながら深刻な苦境に陥っていた。ある関係者が「暗く汚い洞窟」に例えた機械加工業務であり、品質と顧客サービスの問題が事業そのものを危険にさらしていた。1985年後半に着任したダナハーの幹部アーサー・バーンと、ジェイコブス・マニュファクチュアリングの社長ジョージ・ケーニグゼッカーは、打開策を米国の従来の製造慣行の外に求め始めた。

ケーニグゼッカーは、元トヨタ生産方式のエンジニアである岩田良樹と中尾千尋の両氏を擁する新技術コンサルタントを招き、1987年からジェイク・ブレーキで集中的なカイゼン・ワークショップを実施した。コスト、品質、従業員の関与における成果は十分に大きく、会長のスティーブン・ラレスやCFOのパット・アレンダーを含むダナハー経営陣は、これを単一工場の改善策として扱うのではなく、同社が保有するすべての事業に同じ継続的改善のアプローチを展開することを決めた。この実践は後に、構造化された計画立案が加えられ、ダナハー・ビジネス・システムとして正式化された。

ダナハー自身の2020年の委任状説明書には、同社の年平均複利株主リターンが、測定された1年、2年、3年、5年、10年、15年、20年、25年の各期間すべてにおいてS&P 500を上回り、過去25年間では同業グループ内で第1位であったと記載されている。別の分析では、ダナハーの1980年から2012年までの年率リターンは年17.9%で、S&P 500の11.1%に対しており、いずれも配当を含む。

ダナハーは、苦境に陥ったあるブレーキ工場の改善策を全社のオペレーティングシステムに変え、1980年以降、S&P 500の11.1%に対して年17.9%のリターンを得た。

ジェイク・ブレーキの危機を従来のコスト削減ではなくカイゼンで解決したことで、ダナハーは一度きりの節約ではなく、反復可能な手法を手に入れた。なぜなら、その手法自体が文書化され、再利用されたからである。

この手法を一工場にとどめず全社に展開したことで、その後のすべての買収企業が、毎回ゼロから始めるのではなく、事業立て直しのための実績あるプレイブックを引き継ぐことになった。

この実践を名前のあるシステムとして正式化したことで、ダナハーはすべての部門の経営陣に同じ運営基準を課すことができ、一工場ではなくポートフォリオ全体で優位性を複利的に積み上げた。

苦境に陥ったある部門での改善策が本当に機能するなら、その手法自体を自社の標準的なオペレーティングシステムに変えることで、その一工場の立て直しをはるかに超えて複利的な効果を生み出せる。

ダナハー自身の2020年の委任状説明書によれば、同社の株主リターンは1年から25年までの測定されたすべての期間でS&P 500を上回り、1980年から2012年までの年率リターンは指数の11.1%に対して年17.9%に達した。ジェイク・ブレーキのカイゼンによる立て直しから生まれたダナハー・ビジネス・システムは、その後のダナハーのすべての買収企業に適用される運営規律となり、買収型産業コングロマリットのモデルとして広く研究されている。

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出典

  1. Ask Art: What Was Danaher Like In the Early Days of Lean? Lean Enterprise Institute · lean.org
  2. Danaher's Instruments of Change strategy+business · strategy-business.com
  3. Danaher Corporation — 2020 Proxy Statement (DEF 14A) SEC EDGAR · sec.gov