何が変わったか
2009年6月、トヨタは創業者豊田喜一郎の孫である豊田章男を社長に指名した。1995年以来となる創業家出身のトップだった。彼が引き継いだのは現代史における最悪の時期だった。世界的な金融危機により、10年にわたる拡大期に建設した工場を遊休化せざるを得なくなり、数十年来となる初の赤字を計上した。
就任から半年後、トヨタは数十年来で最悪の品質危機に陥り、米国でのアクセル不具合をめぐり数百万台をリコールした。豊田は2010年に米国議会で証言し、透明性と、人々に愛されるクルマづくりという「基本」への回帰を約束した。彼は後に、自身の在任期間を2011年の地震と津波を含む「危機に次ぐ危機」で始まったと振り返っている。
豊田は業界のバッテリー電気自動車(BEV)への熱狂を追うのではなく、ハイブリッド、水素、BEVを併せて展開する「百貨店」戦略にトヨタをコミットさせ、より速いBEV普及を求める投資家に対してそれを擁護した。プリウス以来普及してきたハイブリッド中心の構成は、BEV需要が予測を下回る中で高い収益性を証明した。
その賭けは大規模に実を結んだ。2024年3月期、トヨタは営業利益5兆3500億円を報告した。日本企業として初めて5兆円を超えた。純利益は過去最高の4兆9400億円で、前年比およそ2倍だった。豊田は2023年4月に佐藤恒治に社長を譲り、会長に就任した。
何を達成したか
2009年度の危機的な赤字から、2024年度には過去最高の営業利益5兆3500億円を達成し、売上高45兆円で日本企業として初めて5兆円を超えた。
創業家としての正当性により、豊田はリコール危機後の品質と文化の立て直しに取り組む間、ステークホルダーに忍耐を求めることができた。
彼は責任を委任するのではなく、自ら危機の前面に立ち、議会で証言し、謝罪した。
複数のパワートレインを併用するヘッジ戦略は、オール・オア・ナッシングのBEV賭けに出た競合よりも、実際の需要により適合していた。
14年にわたる継続性により、一つの戦略がCEO交代のたびにリセットされるのではなく、複利的に積み上がった。
何を応用できるか
創業家の後継者は、その職務を名前で受け継いだ肩書きではなく、危機を通じて獲得したスチュワードシップ(管理責任)として扱うならば、巨大企業を再び活性化できる。
その後
豊田章男は2023年4月に会長へ昇格し、日常的な経営権をブランド担当の佐藤恒治に譲りつつ、戦略への影響力を保持した。トヨタの2024年度決算(売上高45兆1000億円、営業利益5兆3500億円、前年比96%増)は、彼が設定したハイブリッド主導の道筋を裏付けた。ただし、その後、ガバナンス監視機関は彼の継続的な役割をめぐり取締役会に圧力をかけている。
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出典
- TIMELINE-Toyota CEO Akio Toyoda to step down after 14 years at the helm Reuters via Yahoo Finance · finance.yahoo.com ·
- Toyota FY24 Profit Climbs, To Buy Back Up To 1 Tln Yen Of Shares; Sees Lower FY25 Profit RTTNews via Nasdaq · nasdaq.com ·